2010年11月24日水曜日

マンタの海

ぼくは、マンタ。ぼくのすみかはこのあたりの海。石垣島の近くの、マングローブにおおわれた小さな島の近くさ。Akiraがぼくの唯一の友だち。Akiraのところは代々続いてきた漁師の家らしい。 パシャッと網を広げて投げた時、Akiraと家族らしい顔が船のへりから見える。海の中のぼくと目があうと、Akiraはすぐ飛び込んでくるんだ。マスクや背中に背負うものはなくても、長くもぐれる。そんな時のAkiraは人間ではなく、魚のようだ。そして、ぼくの体をなでたり、おでこをごっつんこさせたり、背中に乗ったりもする。Akiraが乗るとぼくは空高く舞う大鷲のように、海面ちかくをゆっくり泳ぐ。



見上げた海面は、ブルーがかった透明で、太陽の方向だけが円くまぶしく光ってゆれている。

いきなりいわしの大群が現れると、視界は銀色でおおわれAkiraを見失う。そうすると、海面に顔を出したAkiraが口笛を吹いて場所を知らせてくれる。海面すれすれを泳ぐ時、いろんな話を聞いた。魚つり名人のとうちゃんは、彼の誇りだ。スキューバダイビングの店をしている兄ちゃんは、石垣の海を守る運動とかをしてるって。チャンプルーが得意な母ちゃんは、その昔この島が気に入って東京から住みついたとか。  そしてAkiraは、「いっぱい勉強して医者になり、今はないこの村に診療所を建てるんだ」と目をきらきらさせていつも言っている。


ある時、Akiraと同じぐらい素潜りが上手な女の子を連れて、飛び込んできた。仲間が一人増えると、三倍楽しくなる。海の中でぼくが回転すると、順番に回転するんだ。ぼくの両端に二人がつかまると、バランスがいい。高速、低速、Uターン・・・そして、海面に浮かぶと、Akiraは頭をなでてくれ、女の子はチュウをしてくれた!!マンタもうれしいとほっぺが赤くなる・・・


大学の研究者の父親の「学術調査」とかいうものについて来ていた、その女の子をふくめぼくたち三人・・いや二人と一頭かな・・は、夏中毎日泳ぎ、潜った。いそぎんちゃくや、昆布の間でのおにごっこはいつもぼくだけ見つかった。泳ぐとなびく長い女の子の髪が茜色に染まるころまで遊んだ。

いつの間にか、トロピカルな海も少しずつ色あせ、渡る風が涼しくなり、秋がやってきていた。


そして、女の子が帰る日・・・いつものように泳いで浮かんで潜って、そしてぼくに抱きついて言った。
「来年の夏、きっとくるね。」

ぼくたちには、また以前の日々がもどっていた。でもAkiraはどことなく寂しげで、それはぼくも同じで・・・来年の夏 また楽しい日々がやってくると思っていたが・・・・

いつの間にかマングローブの根の間を泳いでいた魚たちは、潮が満ちると家々のキッチンやリビングの椅子やテーブルの足の間を泳ぐようになっていた。海老やくらげが、浮いた靴や植木鉢で遊んでいた。Akiraはどこだろう?  ぼくにさよならも言わずに町の医者になるための学校に行ったのだろうか。
次の夏も、その次の夏もぼくはAkiraに会えなかった。シーレベルが上がり、ぼくはAkiraの家をのぞくことが出来るようになってしまったが、どこにもいないし、誰もいなかった。

あれから2年、いや3年たっただろうか。海面の太陽を背に、長い髪をなびかせて泳いでくるシルエットがあった。だんだん近づいてくると、ぼくにはわかった。あの時よく遊んだあの少女だった。海の中でも泣いているのがわかる。大丈夫だよまた会えるよ・・ぼくはきーきーと信号を送った。   いいえと
彼女は頭をふりながら、水中のAkiraの机のなかを探し、小さなガラスのビンを見つけた。中に手紙がはいっているようだ。ぼくは、彼女を背にのせ海面まで上がった。
手紙を読んだ彼女は 深いため息をついて、言った。「地球温暖化」「Akiraの島は沈んだのよ」「あの島は潮がひいても 水につかっている」
そして手紙を読んでくれた。
「ぼくたちは島を捨てたんじゃない。今でも島を愛してる。でも住めないんだから出て行くしかないんだ。」「忘れないよ、美しい島と海。親切だった島の人たち。いつかきみに読んでもらえると信じて書いたよ。マンタに伝えて。楽しかった日々をありがとう。努力してもかなわない夢ってあるんだね。」

ぼくも忘れないさ
一番の親友だからね