ある雨の日曜日。少女の部屋の窓に、やもりが貼り付いていた。円く、黒く、愛くるしい目をして、吸盤でくっついている おもちゃのようだった。
「お母さん、かわいい生き物がいるよ。」
「どれどれ、まあ やもりだわ。」
「珍しいね、マンションに侵入してくるなんて。」
女の子も両親もかわるがわるのぞいては、パソコンで調べてみた。
「食べるものは、こおろぎとか 生きた虫らしい。」
「じゃ、うちでは飼えないね。」
「外に放していらっしゃい。」
「わかったわ。」
女の子は、はじめて見た生き物なのに、なにか親しみを感じた。そっとプラスティックの容器に入れ、階下の草むらに放してやった。
次の日、学校から帰ると ドアの前で待っていたやもりがするりと 中に入った。
「お母さん、このやもり 草たべてたわ。昨日放した時 見たもの。」
「あら、そしたら ちょっと飼ってみる?せっかくわざわざ帰ってきたんだし・・」
というわけで、やもりの「やっくん」と名づけられ、少女の部屋で放し飼いされるようになった。
普段は壁に貼り付いているが、庭の草を皿に入れておいてやると よく食べる。変わり者のやもりだ。
あれから1週間
ヤックンは毎日もりもり草を食べ、2倍くらいの大きさになった。
それからまた1週間
少女が学校から帰ると、半透明のフード付ウインドブレーカーみたいなものを着ていた。自分で調べてみたら、脱いでいるところで{脱皮}ということがわかった。
少女とヤックンは大の仲良しになった。少女が帰ってくると、肩の上に乗り 手を出すと手のひらに乗った。なわとびの縄を張って、歩かせようとしたら 不器用なヤックンはころげ落ちて、みんなを笑わせた。
1ヶ月がすぎ
いつの間にか手のひらに乗れないくらい大きく成長した。
両親も少女も ヤックンは 家庭では飼えない生き物だと分かってきた。
新聞やテレビで報道されている、”あの生き物”なのだと・・・・それは少女の住む町の連日のニュースだった。
{最近の温暖化の影響を受けて、富士山ろくの未発見だった氷穴の永久凍土が溶け出し、恐竜の卵が孵化し始めた}
{エヴェレスト付近でも、同じ現象がおき、世界会議の必要がさしせまっている}
1日のばしにしていたヤックンとの別れ。でも両親と少女は決めざるをえなかった。
国の関係者が引き取りに来た日、少女は輪ゴムでつないだ首飾りの先に 大事にしていたあの「クローバー」のかざりをつけてあげた。
「ヤックン、忘れないでね。」
中型犬ぐらいになっていたヤックンは、ただ円く黒いひとみで少女をじっとみつめるだけだった。
それから10数年・・・世界の人々は温暖化を阻止すべく、ありとあらゆる努力をした。
少女はあの日ママがプロポーズされた年になっていた。その年かねてから行きたかったところへ、旅行に誘われた。
「エベレスト恐竜自然保護区に行こうよ。ぼくは知っているんだ。君がぼく以外に好きだったのはヤックンだけだったってね。」
・・・・・・・とうとう やって来た。
頑丈な柵で人間界とは区切られ、草原と雪原がどこまでも続くところに肉食竜とも区切られて彼らは草を食んでいた。
彼女はせつなくなって名を呼んだ。「ヤックーン・・・」
涙がぽろぽろこぼれ落ちた。 覚えているはずがない。 窓に貼り付いていたんだから。
手のひらに乗っていたんだっから。
「ここに これただけでよかったわ。」
「そうだよ。ヤックンはこの広い山のどこかで、ファミリーをつくって幸せに暮らしているさ。」
帰ろうとした時、突然木の陰からおおきな恐竜が現れた。首に輪ゴムが巻きついて、クローバーのかざりがゆれていた。 黒いひとみが じっと彼女を見つめていた。
「ヤックン!!」 彼女のボーイフレンドは、木によじのぼり、用意してきた輪ゴムを足して、ちょうどのサイズの首飾りにした。
ヤックンに会うだけの旅行だった。
無言で登山列車で保護区を後にした二人。山がどんどん遠ざかる・・・けれど幸せな気持ちでいっぱいだった。
